いろんな歴史 その6
七二年以後、日本政府は公共住宅に多額の金を投じてきました。
七五年までに九百五十万戸つくる計画も進行しています。
しかし計画の進行には途方もない希望者殺到の問題が起きる。
日本住宅公団が一九七三年十月、横浜で住宅用地を分譲したとき、オクラホマの土地ラッシュのように、一区画につき五千人もの希望者が殺到した。
住宅を手にいれても、支払いがむずかしい(一九六五年以前こま、個人に対する銀行の住宅融資は聞いたことがない)。
日本が大成長した問、民間分野と美名で呼ばれている住民用の支出が住宅建設におけるほど厚顔無恥にも無視されたものはありません。